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2018年1月 4日 (木)

スティービー・ワンダーの謎

大仰なタイトルですいません。
長年思っていることですがごく個人的なことでして、深刻な話でもありません。
大昔のことなので、ほぼ100パーセント自分の勘違いなんだろうと思いますが、それでもお正月休みの最終日というのんびりした中でなんとなくメモしておこうかなと思い立ちました。

母は専業主婦でした。家族の世話に注力できる立場とは言え、昔のお母さんですから、お八つも子供服も手作りだし、けっこう忙しくしていたと思います。
裏庭に洗濯物を干したり家中に掃除機をかけたりするために私と幼い弟から目を離す時は、大抵NHK教育テレビの「セサミ・ストリート」を見せてくれました。

別に早期英語教育をなんて考えは無く、可愛らしくカラフルなお人形が出てきて歌を歌ったりする番組内容が彼女の好みに合ったのだと思います。
もちろん私たち姉弟もこの番組が大好きでした。
私の一番のご贔屓マペットはカウント伯爵で、弟はゴミ箱からオスカーが出てくると喜んでいたなぁ。

で、年齢から考えておそらく1972~73年のある日のこと、いつものようにセサミを見ていた私はゲストで出てきたピアノを弾くお兄さんに感電したのです。
不思議なブラウスを着て、サングラスをかけて、編んだ髪の毛にビーズを付けていて、こんな人見たこと無い。
マペットたちに囲まれてピアノを弾きながら歌う歌、こんなの聞いたこと無い。
テレビに出で来る歌謡曲とは絶対違う、母が好きな東京キューバン・ボーイズやエルビス・プレスリーとも違う、もう衝撃的で鼻血が出そう。
それがスティービー・ワンダーでした。
うぅ、エエ話や。なんと幸せな音楽との邂逅や。

もうビックリして、母にせがんで再放送も見せてもらい、名前をメモしてもらったのでした。
感電。まさにそんな感じ。

とは言え、就学前の子供ですからレコードを買いに行くということも情報を集めることもなく(そんな子おったら怖いって)、ラジオから流れたら聞かせてもらったり、テレビでグラミー賞の中継があったりしたら
「アンタが気に入ったお兄ちゃんやで」と教えてもらって聞く程度で、自力で好きな音楽を聞き出したのは中学から高校生になってからでしたが。

ただ、その時のことは強烈に覚えていて、音楽に対して自分の好みが最初に確認できた日、幸せな出来事だったなという気持ちをずっと持っていたのです。

で、時は流れてインターネットの時代になります。
音楽にとって色々辛い時代の到来である反面、疑問があれば一瞬で解決するありがたいご時勢となりました。
特にYou Tubeというタイムマシンで何だかんだ聞けて確認できるのは魔法のよう。

ある日、あの感電した映像があるかも知れないと気がついた私は恐々検索してみたのですよ。
「Stevie Wonder SESAME STREET」「Stevie Wonder The Muppets」と。
番組には何度か出演しているらしく、いくつかの動画が挙がって来ました。すごい。…が、あの感電動画はない。
もちろん誰かがアップしなければ見られないわけなので、そんな昔の動画があるほうがおかしいとも言えますが、1973年という時期の合致するものはありました。この年代だけは自分の年齢と照らし合わせてほぼ確定情報です。

なのにファッションが違う。エスニックっぽいブラウスではなくシャツ姿でヘアスタイルも違う。
マペットと楽しく歌うシーンも見つからない。
何度も言いますがYou Tubeに全てがあるとは思っていません。が、この頃の彼のファッションの感じはこの動画から推測できますよね。うーん、違うカンジ…。

で、スティービーのファッションを年代別にたどってみたら私の記憶の中の姿に近いのはもうあと何年か経ってからなんですね。
76年以降。うーん、後に見たTalking BookのジャケットとかHotter than Julyのヘアスタイルが混ざっているのか。80年まで行ってしまう。

マペットたちとのシーンはこの B. B. Kingの動画が近い雰囲気。楽しいなぁ。ウサギ氏のノリ格好いい。
スティービーのもこんなんだったの。

これも思い出補正の一種だったんでしょうか。
自分の中で宝物にしていたシーンがどんどん崩壊していって、あぁ、調べなきゃ良かったなと後悔する一方でやはりあのシーンは確かにあったのではないかという思いもぬぐいきれず、以後私の「謎」となっているのでした。

…やっぱ勘違いだよね。どう考えてもね。

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