「砂上」と「氷の轍」 桜木紫乃
角川書店「本の旅人」に連載されていた桜木紫乃「砂上」が10月号で最終回を迎えました。
いやー、この作品、いつにも増して良かった。
読後、しんとした気持ちになってしまい、現実世界に戻ってくるのがもったいなかった。
桜木さんは、新刊が待ち遠しい作家の一人です。
はじめて読んだのは「ラブレス」。
とある場所で話題になっていたので興味を持ち、図書館で借り、返却後もう一度読みたくなって買いなおした作品。
以後、既刊のものも新刊も次々と読んでファンになりました。
「ホテルローヤル」で第149回直木賞を受賞。
大変失礼な物言いで恐縮ですが、これを機にさらに腕を上げられたように思います。
文章に迫力が出たというか、読み手に染み込ませるパワーが増したようで、大きな賞を受賞するということは凡人からすればプレッシャーだのに、さすが非凡な人はそれを栄養にされるのだなと感じています。
この「砂上」は連載の第一回に偶然出会い、以後毎月最新号の出る月末を待ち焦がれて読み進めてきました。
2016年1月号から10月号までの連載でした。
いつものように北海道が舞台。
一編の小説の書き手が「書く」ということと自分の半生に向き合い、見据え、葛藤し、編集者との戦いのようなやり取りを交わす小説です。
惰性や甘えのない桜木ワールドが恐ろしくて縮みあがりつつもたまらない手ごたえです。
以下、ネタバレになりますが
主人公が小説を書き、短歌も読む人物だというところで、桜木さんの私小説かと思わせる種を蒔いておいて、
「読んだ人間が「本当かも知れない」と思ったらしめたものだ」と主人公の令央に言わせ、さらに編集者乙三の虚実のわからぬ台詞にもつながる構造には震えが来ます。
まんまと巻き込まれていく読み手の私は、桜木紫乃という辻斬りにバッサリとやられる町人といったところでしょうか。
剣客桜木は振り返りもせず刀を鞘に納めて去るのよー。きっと無表情なのよー。ああ怖い。でも気持ち良い。
先に「ホテルローヤル」から腕を上げられたようだと書きましたが、加えてそれまでの作品に多かった重い読後感に比べ、その後の作品には、救いや望みがよりしっかりと見られることが多くなったように思います。
この作品もそう。
近々単行本になります。お勧め作品です。
もう一編、小学館の「STORY BOX」にも時を同じくして桜木作品が連載されていました。
「氷の轍」。2016年3月号から10月号まで。
二作並行して楽しく読んでいたのですが、10月号をもってこちらは「特別掲載・了」とあって途中で終了。
目次に急に最終回と書いてあって、驚いたんですよね。
「あとは単行本で読んでね♪」ということでしょうか。いや買うけどさ。
「STORY BOX」内で完結してくれると思い込んでいたのでちょっと拍子抜けでした。
こちらは刑事小説。
以前刊行された「凍原」の主人公、松崎が脇役で登場します。
こういうの、ずっと読んでるファンとしてはうれしいですね。
そして、この「氷の轍」、11月5日にドラマ放送されるそうです。
エーッ?と思ったものの、
余貴美子・宮本信子・岸部一徳・品川徹・根岸季衣・緑魔子・尾崎右宗辺りのキャストは私好みなので見る。(敬称略)
尾崎右宗さんは実は某楽屋でちょこっとお話したことがあるのですが、
「もうちょっと押し出してもいいのよ?」と言って差し上げたくなるような謙虚な方で、ものすごい好青年でした。あれ以来気になっている私。注目して見ようっと。
…桜木作品は大好きなのですが、まったく不満がないわけではないんです。
ついでなので書いてしまいますが、登場人物の名前がしっくりこない。
脇役はそうでもないのですが、主要人物の名前がなんか違う。
別の名前ならもっと早い段階で活き活きと話の中で動き出してくれるのにと思いながら、違和感を抱えつつ読むことが多いんですね。ここが惜しい。
もっと言えば「桜木紫乃」というご本人のお名前も、作風とぴたっと来ないけど、これは今更仕方がないか。
うーん、同じことを思うファンの方、いないものかな。こんなところで引っかかっているのは極少数派かね。
ともかく、こういう雑誌連載の形で読むと、改めて単行本を買ったときに楽しみが増えるんですよね。
加筆、改稿は行われるのか、あるとしたらどう変わっていて、それはどういう意図なのか。これを考えるのは面白いよ~。
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