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2016年2月28日 (日)

声が聞こえる

ネットニュースで興味深い話を読みました。

「本などの文章を読む際に、声に出さずに黙読していても頭の中で文章を
読み上げる「声」が聞こえる、という人が8割以上を占めていることが
調査から明らかになりました。「読書中の内なる声」については、これまで
ほとんど研究が行われていない分野であり、幻聴障害の研究にも役立つのではないかと見られています。」…というものです。

「声が聞こえる」っていうのがよくわからないですが、ト書きも音読されているラジオドラマのような感じなんでしょうか。
小説じゃなくて評論文やノンフィクションは?
頭の中で音読してから理解しているってこと?
これを読んで自分の読書を思い返してみると、「読む」と「イメージ」の間に「声」はないです。
私は少数派の10数パーセントに入るのか?
せっかちだからでしょうか。あれ?それはまた別の話?

私の場合は読むと即イメージ化される感じがしています。
「声が聞こえる」というのは聴覚を使用しているわけですよね。もしくはその再現状態にある。
それはないなぁ。
たとえば小説ならその世界のなかに居る、でも登場人物ではなくて俯瞰で空気の中に混じってる感じです。
集中すればするほどその感覚が濃くなって行き、イメージでぱっぱっと状況を把握していくような状態。

あ、読書好きでも戯曲やシナリオは苦手という方、多いですよね。
もしかして人による得手不得手の理由がここらへんにあったりして。
ちなみに私は戯曲もシナリオも楽しく読めます。ふむふむ、面白い。

固めの文章を読むときは、今読んでいる行のことを考えながら、数行先も眺めつつ待機してるかも。
なんだかそう書くとヘンなやり方のようですが、大昔に国語で音読させられるときに声を出して読みながら数行先まで目を走らせて読めない漢字が無いか確認しているみたいなあの感覚です。

もっとも、意識して頭の中で読み上げる時もあります。
好きな人の「声」を当てはめて楽しむ読み方をするとき、とか
音韻を踏んでいる面白さを味わうとき、とか
詩歌や歌詞を読むとき、とか
キャラクターの言葉を楽しむとき、例えば「江戸前の芸者さんの啖呵」とか
「上方のぼんぼんのじゃらくらした言い回し」とかを頭の中でころがして愛でるときは例外ですね。

どちらがどうという事ではない、同じように本を読んでいるようでその実色んなタイプの人がいるようだぞというお話でした。

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