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2016年1月12日 (火)

「安井かずみがいた時代」 島崎今日子

島崎今日子さんの「安井かずみがいた時代」読了。いやはや力作。

私にとっての安井かずみさん像は「キャンティ族」のひとりであり、サディスティック・ミカ・バンドの加藤和彦さんの奥様。
成金ではないお金持ちでバブル期に憧れられた人。(以下敬称略)

この本ではいろいろな人が安井かずみ(と加藤和彦)を語って頁が進んでいきます。
主人公を周辺の人たちが順に語ることで人間が浮かび上がる仕掛けの小説「悪女について」(有吉佐和子)を思い出しました。

憧れた人、ともに60年代を過ごした人、仕事仲間、家族。
その人にとっての安井かずみを語るので、当然ながら時期や内容が重複する部分があるのですが、それぞれの視点が違うために多面的な面白さがあり、読み進むうちに詳しくは知らなかった安井かずみという人のキャラクターに魅せられていってしまいます。

島崎さんの文章はあくまでも取材相手の言葉と事実とデータによって書かれており、書き手個人の感情を排して冷静です。
ルポルタージュなんだから当たり前といえば当たり前なのですが、実際に雑誌や書籍で見かけるノンフィクションに余計な思い入れや印象操作が見受けられて残念な気持ちになるのはよくあること。

一方こちらはあくまでジャーナリストとしての矜持が書き手にあるためかそのあたりが徹底していて気持ちいいです。
書き手としての思い入れを表現している部分があるとするなら数多の安井作品から取り上げる歌詞作品のチョイスの部分でしょうか。
ほんの一滴のさじ加減として匂わせているような気がしました。

仕事の成功。奔放で恋多き女性。憧れのライフスタイル。
証言を読み進むうちにそれらの中に不安が生まれ、また豪奢な生活が語られ、さらに曇りが見えてくる。
ご夫婦の関係の安定と不安定。
その揺れに興味を持ちつつ読み進めるうちに証言者が特に近しい人々になって行き、本を支える左手の残り頁が少なくなっていく間の感覚が格別でした。

評伝ではなく、あくまでも証言を積み重ねて人を浮かび上がらせ、時代の趨勢を重ねるという重量級の作品です。
さすが島崎さん、着眼点からして冴えているなと思ったら、安井かずみを取り上げるのは編集者さんからの提案だったとあとがきにありました。
雑誌の連載だったということですが、証言者のインタビューと構成はどの程度出来上がってからの連載スタートだったのでしょうか。
その点にも興味を持ちました。

読み終えて本を閉じると裏表紙の写真は顔を寄せ、お互いを見つめる安井かずみ、加藤和彦夫妻の写真。
緒方修一さんの装丁。

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